For truth 「真理をたずねて」

ルーエの夙川だより

’自分のことを自分で知る’・・「自知」がモットー。
自分らしく、ありのままに、
言行一致の人生を生き切るために。

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今日のつぶやき。。

ここ数日、表現者の方々と出会う機会が多くて、触発されることが多々ありました。どなたとお会いしても感じ取れたのが、「好きこそ物の上手なれ」ということ。
自分がやっていることを「とことん」好きになって、「とことんやっている」からこそ、生み出されているモノやコトや人の輪。
きっとそれはどんなジャンルにも通じることなのでしょうが、なぜ、それほど好きになれたの?という問いに、それぞれの方が同じように答えてくれたのが、「目の前にそれしかなかったから一生懸命やっていたら、いつの間にかハマってた」ですって。。
「奥が深いのよね〜」とも。

でも、それしかなかったと言えるのは、やっぱり「それ」を選び取った結果だし、
一生懸命やっていたらと言えるのは、一生懸命と言えるほどやってたということだし、
いつの間にかハマってた。。。ってことは、結構時間をかけたってことだし、
奥が深いってことは、奥が深いとわかるところまでは進んだということですよね〜

ふむふむといろんな言葉に感動・感激したのですが、やっぱり一番印象的に感じたのが、
彼らは、自分がやっていることを本当に好きなんだ!ということ。のめり込むほど、それしかないといえるほど、好きで好きで、やりすぎてしまうほど、好きなんだ!ということ。


それ以来、そのことが気になっていたのですが、つい先ほど閃きました
それしかないものが目の前にあるのなら(たとえ意に沿うことであろうがなかろうが、たとえ好きであろうがなかろうが)それを徹底的に好きになるにはどうすれば?ってこと。

まずは、少しでいいから、好きなところを探してみる!そういう熱意さえあれば、それが好きになれることでなかったら、きっと別の道に導かれるはずです。彼らもそう言ってましたよ。いろんなことをやってみたんだけど、結局は、、、と。

しかも、「千里の道も一歩から」のその一歩は、どの時点からでも始められることなのです。なぜなら、
人は皆、生きてきたそのまんまの状態、そのまんまの意識で死ぬわけで、死んだからといって、突然全てが変化して意識が上昇する訳ではなくて、こちらとあちらはひとつながり、つまりは「千里の道」は死後もそのまま続くわけで、好きなことを探し求める意識、やり続けるという意識はそのまま、あちらの世界にだって繋がってるんだから、死ぬまでずっと、探し続けていたりやり続けていたり好きがっていたら、そのまんま、あちらの世界にその意識を持っていけるってことですよね?

ならば、簡単!
今日いまこのときから、目の前のことを思いっきり好きになるよう、好きになれるところが少しでもないか、しっかり探しましょう!探しても探しても無いと思えたら、さっさと踵を返しましょう。あ、これじゃなかった、って。そして、すぐにまた探し始めましょう。
目の前のことに少しでも好きなところが見つけられたら、それをとことん好きにな
る努力をしましょう。好きがって、好きがって、徹底的に好きになって、もっと好きになるにはどうすればいいか考え抜きましょう。
そして、それを飽きることなく続けていきましょう!
千里の道も一歩から。
その一歩の道はいつ始めても大丈夫!生と死はひとつながりだから、遅くなったって、間に合わないということはないし、「はい、これで終わり」にはならないのだからね

もちろん、私もその一歩を今から踏み出すことに決めました!
私がそうなんだから、これを読んでくれているあなたが遅いはずがないでしょ?
(なんて、つぶやくだけのつもりが、またまたお説教っぽくなっちゃった

     今日も明日も明後日も〜!タンポポちゃんはすでに来年の準備中ですよ〜