For truth 「真理をたずねて」

ルーエの伝言

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「遠回り」と「寄り道」。

昨日の「おしゃべりカフェ」の続きです。

私は昨日、自分の体験に鑑みて、質問者のご質問に「遠回りする必要はない」「寄り道をする必要もない」とお伝えしたのですが、そして、それはある意味正しいのですが、では、どういう道が遠回りなのか?寄り道なのか?ですよね。
人生の中で、嫌で嫌で仕方がないのだけれど、どうしてもそこから逃れることはできない・・という道なら、それは決して遠回りや寄り道ではありません。どうしても避けようがない道なら、それは全てが「カルマ」だから、なんとしてでも乗り越えなければならないし、なんとか乗り越えればいいだけのお話。

でも、嫌で嫌で仕方がないことで、もしかしたらどこかに逃げる道や方法があるかも知れないことだったらどうでしょう?
回避することができるかも知れないことなのに、嫌なことから逃げるのは良くない、他の方法を探すのも目を逸らすのも良くないこと・・と思い込んでしまうことは遠回りや寄り道になってしまう可能性が高いですよということです。遠回りや寄り道を楽しめているうちはまだ良いのですが、我慢しすぎて心が折れる事態にまで追い込まれないように、くれぐれもご用心くださいね。

さて、そうは言いつつも、自分の人生を振り返ると、しなくてもいい遠回りや寄り道をずいぶんと経験したように思います。神秘体験をした後、遠回りばかりだった我が身を振り返って、「アホやなあ、ばっかじゃなかろか!」と、真っ直ぐに進む道を選べなかった自分を猛省したものでしたが、それもまた思い返すと、どれもがカルマの残滓落とし(残り滓だから避ける方法もあったろうし、真実の目を働かすことで、それを経験する前に逃れられたはず)だったのだろうと思えて、今は全てがそれでよし
どの体験も乗り越えた今となれば楽しい思い出だし、そういう意味で言えば、私は遠回りや寄り道を楽しんでいたのだろうと思います。でも、遠回りしていなければもっとたくさんの道を経験できたかも知れません。
私はどちらかと言えば逆境に強くなかなか心が折れない人なのでここまで来ましたが、トネリコ仲間が遠回りしそうになっていると、つい声をかけたくなります。

本当にその道でいいの?その苦しさこそ自分を成長させてくれると思い込んでいませんか?
その隣に別の道も見えるのですけれど・・。
その道が嫌で嫌で仕方ないことなら、どうぞ心が折れる前に引き返してくださいね。別の道を探してください。それでも、乗り越えたいという意欲が湧くことなら、どうぞ楽しみながら、なんとしてでも乗り越えてください。

先日の「おしゃべりカフェ」の参加者の中にはもはや達観されている方がいて、人生で起きることはなんでも「ふ〜ん」「そう来たのか」と淡々と受け入れていると語って下さいました。それで全ての流れが良くなっていきますよ、とも。

そうなんですよ
だから、いつかは自分もその「ふ〜ん」が出来るように、たくさん経験して、たくさん感じて。たくさんの感情を使ってくださいね・・でも、十分味わい尽くして、そろそろスッキリしたいと思うなら、あらゆる経験を淡々と「ふ〜ん」と受け入れることができるよう、見えない存在を素直に受け入れ信頼できる自分になりましょう。
スピリチュアルなお勉強をしている人なら、すでにわかっておられますね
自我を離れ、見えない存在に委ねることができるようになれば、全ては流れに任せて上手く運ぶようになっていると。

とすれば、遠回りの道や寄り道は、見えない存在をまだ信じきれない自分が、勝手に遊びに出掛けたものの道に迷ってしまったという状態なのかも。帰り道がわからなくなったら、どうぞ自滅する前にできるだけ早く引き返してくださいね


庭のクリスマスローズの咲き終わりを部屋の中で楽しんで1ヶ月近く、存分に楽しませてくれました。いよいよ季節が移ります。

さて、サロンの次の予定は、5月30日の「オープン・デー」です。平日なので、ご都合の悪い方が多いようですが、よろしければどうぞ〜
来月からは週末にも開催できるようにしたいと思いますのでお楽しみに🎶