For truth 「真理をたずねて」

ルーエの夙川だより

’自分のことを自分で知る’・・「自知」がモットー。
自分らしく、ありのままに、
言行一致の人生を生き切るために。

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良いところも悪いところも含めて、愛すべきわたし♪



今日も良い一日でした。お天気も良かったし、お仕事も充実していたし〜♪
って、雨の日も同じことを言うと思うけど
てか、そもそも楽しくない日がないし、なんでもフツーに楽しいし。笑
でも、「どれもこれも良いこと」と識っていると、なんでもかんでも良いことになってしまうけど、それってどうなん?笑

もちろん、悪は悪ですよ(キッパリ!)とんでもない事件や事故、許せない出来事は巷に溢れているのも認めます。
私、こう見えても正義感は人一倍強いと自覚しているし、もし誰かが傷つけられたりしてたら真っ先に手を出せると思うし、そういう自分を信じてもいます

でも、こと自分に起きる出来事なら「ほとんどが良いこと」〜と確信的に思えます。
その意味は・・
普通に良いことはそのまま素直にハッピー、嫌なことは、それが嫌なことだと判断することで、早くそうではない方に進めるんだから、それもハッピーと言う意味
その際とても大事なことは、それは嫌なことだとちゃんと自分でわかること。そして、それは嫌なことだ!と宣言できることです。まあ、宣言するのはなかなか難しいなら、少なくともそれは嫌なことだと自分で認められること。

私がいつも言う、「起きることは全て良いこと」の真意は、全てが必要あって起きるのだから、そう気づけば、全てが変化のための材料になるよ〜と言う意味です。実際に遅かれ早かれ、どんな出来事でさえ「変化」する方向へ導いていくのです。
その「変化」を良い方向へ、そして最高・最善、最速にするために唯一必要なことは「自分を大事にする」ということです
自分を大事にできるからこそ、それは嫌なことだと自覚できるし、嫌なことだと思えます。
それでこそ、方向を変えたりやり方を変えたりすることが出来るのです。

その際、我慢することが良いことだとか、自分の方が悪いから・・などというネガティブな自虐思考はナシですよ
良いところも悪いところも含めて全てが「わたし」。誰に恥じることもない私。
良くなりたいと思いながら、時にそう出来たり出来なかったりして悩む、「可愛い私」「発展途上の愛すべき私」なのですから


多分、な〜んも考えず思わずの・・本日のサクラ。

仕事を終えてボーッとした気分のままで、サクラと一緒に空を眺め、庭の木々を眺め、揺れ動く葉っぱを眺めていると、一瞬時が止まったようになります。止まった・・というより、悠久の時間の流れの中で自分の「意識」だけが今ここにある感じ。
「ココ」にいるんだよなあ、わたし。そう思えば、なんだか楽しい♪
ここに来ようと自分で決めたから、ここにいるんだよね〜サクラ


え?そんなもん、知らんがにゃ