今度の日曜日26日はトネリコカフェの開催予定日ですが、新型コロナの感染が増えていることもあって、関東圏他の参加予定者からキャンセルのご連絡をいただきました。
そこで気付いたのですが、少人数とは言え、複数名の方にお集まりいただく立場として、私なりの考え方をお伝えしておこうと思います。
今のところ、トネリコカフェは二週連続の日曜日に予定通り開催するつもりでいます。
ただ、それは「絶対に安全だから!」という意味でも、「安全かどうかわからないけど、まあ大丈夫なんじゃない?」といういい加減な意味でもありません。
もしものことがあったとしても、考えうる対策を全て行い、自分が決めて自分が行動した上で起きたことなら、結果は真摯に受け止めるという覚悟の上で、という意味です。
なので、予定通り参加される方は、体温を測る、体調が悪いかどうか厳密に判断する、マスクする・・など、自分でできる万全の対策をとった上でご参加くださいね。
それでも心配な方や不安な方、もしも何か起きたら嫌だなあと覚悟が定まらない方は、どうぞドタキャンでいいので参加を見合わせてください。
ことほど左様に、世の中全体がなんだってアリの時代に入りました。
このコロナ禍の中でも、地震はあるわ大雨は降るわ、自然災害も止まることを知りません。
実際、私たち日本人は危険極まりない国に生きているのだそうですね。
「日本は4つのプレートがせめぎ合い、全地球で2割の地震と8%の火山が集中し、今も活動をし続ける列島。私たちが日本に住むということは、そんな「危険地帯」に住むということ」・・・(参照『地震と噴火は必ず起きる』/巽好幸著)
大本教・出口王仁三郎が「日本は世界の雛型」としたのも、ドイツの神秘思想家・シュタイナーが「日本は世界の頂点」としたのも、元はと言えば、単に地形上の問題だけではなく、私たち日本人はそれほどに特別な場所に住んでいるということであり、その条件を選んで生まれてきたということであり、それはとりも直さず、そういう土地に何らかの使命を持って生まれて来た勇気ある「魂」だということでもあります
出口王仁三郎ではないけれど、いずれ、日本で起きることは世界で起きるのです。
いわば、日本は世界の縮図になるよう仕組まれた国なのですね。
ということは、日本(人)が変われば、世界が変わる、地球が変わる・・・
昨今のコロナ禍も、いつもそのくらいの覚悟を持っていきなさいという警鐘のように思います。「覚悟」とは・・・自分で決めて自分で動いて、その結果は潔く受けいれるという覚悟です。自分がその結果を招いたわけではなく、説明できない結果、なぜそうなるのかわからないくらいの結果というのであれば、それはもはや自分のせいでもなんでもないのです。
神が決めた、宇宙が決めた・・そう思っても間違いはありません。そしてそれは、私がいつも言うように「きっと良いこと!」なのです。
人事を尽くして天命を待つ・・という意味はそこにも通じるような気がします。
というわけで、私は私の考えうる最善を尽くす上で、今回遠方からご参加のお客様は特に上記のことを念頭に再度メールでお問い合わせしています。特に東京からのお客様には個別にお断りを入れさせていただいていますが、それはその方々のためにも「お互いに不安の芽はできるだけ少なく」という意味ですので、どうぞあしからずご了承くださいませ。